spiegelbildlich

  さかしまの虚像。
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2008.04.27  <<02:10


ジェンダーをやる人……あ、いや、一般的にはフェミニストと読んだ方が通じ易いかな。でも「フェミニスト」って言葉も、「むやみに女性を甘やかす人」という認識や「女性の権利をヒステリックに叫ぶ人」という認識が一部にあるから、語弊があるなぁ。
うーん。「性差別のない社会を目指す運動をする人」。これなら問題ないだろう、きっと。女性も男性も含む定義だし。よし。
そうした「性差別のない社会を目指す運動をする人」をジェンダー学者とか呼んでいます、僕らは。……本題のための定義に入る前の定義かよー。なんて厄介なんだ。でもコレ無しには話が誤解されかねないから仕方ないか……。
で、そのジェンダー学者さん達は、肉体的な性的アイデンティティをセックス、精神的な性的アイデンティティジェンダーと呼びます。今回は僕個人のその辺の話です。

「一条俊也」なんてペンネームを高校時代から使い始めたので、そのままハンドルネームも「一条俊也」で来ていて、そのついでというか流れで一人称も「僕」を使っていますが、一条は肉体的には女です。これは、いかに頭がコワレていようが、最長6ヶ月無月経だったこともある月経不順であろうが、決定的な証拠があるから仕方が無い。
続けて「精神的にも女です」と書きそうになりましたが、書きたくありません。かといって「精神は男で肉体的にも男になりたい」とは思っていません。同時に、女である事もイヤでたまりません。
何故、精神的アイデンティティ肉体アイデンティティに規定されねばならんのだ、と思います。

えーと、理由がいくつかありますけど、よりふつーな方から挙げていきましょうか。
現在、僕は就職活動とバイト以外の日は卒論用の本でも読んで家でヒキコモってるニート予備軍であり、両親は共働き、兄も祝・ニート脱出で仕事をしている今、家事を押し付けられるのは、まぁどう考えても僕でしょう。「家族とは支え合って生きるべきコミュニティの最小単位である」という命題に従えば、まったくもって納得のいく話です。
が。父は運送業という波のある仕事をしているため、2・3日ヒキコモっている事があるのに、そういう日も総てが僕に回ってくるのは何故だろう、と。そして、兄も休日には家事を手伝うなんて話は聴いた事がありません、我が家では。ヤツは暇さえあればネトゲ廃人です。
家事は結構、力仕事です。「家の仕事は女がすべき」という命題に従うなら、僕はそれを行うべきでしょうが、「女は非力だから男が守ってやらなくてはならない」という命題をあげるなら、前の命題に相反します。納得いかない。
古い原理主義的な理論だとしても、理論として美しければ納得いくんですけど、これじゃぁムリです。

理由その2。つくづく女は搾取される側であるなぁと思い、それ故に「少なくとも女である事は嫌だ」と感じるのです。性的な話で。
14から22までの、たかだか7年程度の間に、痴漢やら何やらに3回くらい遭遇。付き合った男性とも何だかロクな事態になっていないと思う。そりゃ、自滅的な行動をとる僕にも責任はあります。頭が弱そうなヤツは襲われ易いという論理も理解できます。
でも、「無差別に襲ってないで彼女作れよ!」「彼女いないなら、せめて金で買え!(注・非常に宜しくない発言だと自覚はしているけれど、本心)」「理性は無いのか、理性は?!」と思う。つくづく。
女って弱くて脆くて、狩られる側・何かを奪い取られる側なんだな、と思ってしまった訳です。そしてその時、助けを求めて叫んでも、誰も助けてはくれない。もう嫌だ。
(その延長で、恋愛と売春の違いが未だに良く判らない。搾取されていく事に変わりはないし、間に発生するのが愛という妄想か、金銭という妄想か、の違いしか無いように思える。)
かといって、逆に搾取する側には、絶対なりたくない。死んでも嫌だ。その姿が、どれほど浅ましくて恐ろしいものか、判ってるんだろうか。
こういう事さえ無ければ、「精神的アイデンティティは、女っぽくないけど一応は女」でもいいと思ったんだけどなぁ……。

理由その3にして最大の動機。
肉体が嫌い。
肉の感触がイヤ。体液がイヤ。性的欲求は無に等しい。摂食活動がイヤ。有機物だという事がイヤ。呼吸がイヤ。睡眠だけは欲しいけれど、何も知覚しなくなる最高の眠りが欲しい。
無機物がいい。物体になりたい。できれば金属がいい。感覚器官の無い有機物ならそれでもいい。人形になりたい。どうしてもと言うなら、有機物でも良いけれど、その屍骸が譲歩の限界(動物なら骨とか。木材とか)。
知的好奇心だけが今の僕の生き甲斐だけれど、物体になれるのなら、そんなもの失って全く構わない。
つまり。精神も肉体も要らないから、アイデンティティも必要ない。

以上。
1、2は表面的な理由ですな。肉体アイデンティティによって精神まで規定される立場に、散々立たされてきました。誰しもがそういう立場に立たされている事と思いますが、僕はそれが不愉快でなりません。他の人々は何故こうも簡単に、肉体アイデンティティに精神的アイデンティティを従属させてしまうのか、判りません。
そもそも、「肉体アイデンティティ」って、何だソレ。この文章中で使った意味としては、「社会的アイデンティティ」の方がより適切だろうに。肉体アイデンティティなんて、「人間である」だけで良いと思います。
いや、できれば肉体アイデンティティも精神的アイデンティティも、男でも女でも人間ですらなく、「人形」でありたいんですが。
No.107 ジェンダー、無性。 / .Zeug Kram / Comment*0 // PageTop▲

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