美術館ネタで毒舌。

今、上野でオルセー展やってますね。僕も行きたいなとは思いました。思いましたが。しかし、最近「××美術館展」というような展示、多いですね。お招きする美術館のネーム・バリュだけで客を呼び込める上に、学芸員は大して展示品の精選や研究をせずにすむからですかねぇ。御上は金が儲かる展示しかしたがりませんし、学芸員も所詮公務員ですからねぇ。ははは。
しかし最近の学芸員はロクでもねぇ。それとも御上の意向か策略か。だとしても、抗えよ学芸員。立上がれよ学芸員。それでもお前ら研究者か。とか、暴言を吐きたくもなる。
それを考えると、以前桜居嬢と一緒に行った、あの「ロダン・カリエール展」はよく出来てました。ロダンだけで集客力は十分だし、カリエールの柔らかな作風も万人ウケしそうだから通った企画なのかもしれませんが。それでも、同時代で交流のあった、しかし作風も表現方法も全く違う作家を並べる、という発想は素晴らしかった。
日本美術方面の方が真面目に企画してる気がしますが、こちらはこちらで何かイロイロ思惑が伺える……。

この辺にしときましょう。
批判というよりコレは中傷に近い。

2007.03.29 
久し振りに喉から来る風邪をひいた様です。声ががらがらです。煙草があまり吸えません。いいんですけどね、でも折角の休みだから、喫茶店でのんびり煙草吸いながら本を読みたいのに、ソレができないのは悲しい。
仕方なく独り悲しく部屋でくたばりながら本を読んでたんでました。倉坂鬼一郎の『The End』。
つくづく、雰囲気作りが巧い。理屈や理論はどうでもいい、不条理で不合理な世界と、そこに漂うあの言い知れぬ虚しさが、良い。倉坂氏の著作はまだコレで3冊目?その程度しか読んでませんが、それらの主人公たちは常に「異端者」であるように思います。世界に拒まれた者たち。秩序の外に居る。秩序の外というと狂気めいた印象を与えそうなものですが、しかし、今此処に在る秩序と違うとは言え、或る秩序に則っているために、狂人という印象はあまりなく(僕自身もキてるからでしょうけど!)、間違った所に存在してしまった、疎外された、そんな存在に思えます。
「存在」です。「人間」ではありません。僕自身も自己についてそう感じるからでしょう。
彼らを「人間」と呼べるならば、彼らは現行の秩序の中に居る。その秩序の中に居ない、別の秩序、別の体系の中に居る、だから「人間」とは呼べず、せいぜい「存在」と呼ぶことしかできない。

真っ当な人には薦められません。
軽くキてる方には、よろしかったらドウゾ。
かなりキてる人には、読め!です。

2007.03.13